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色んなラベリントLaberinto(迷宮)最終回 バルセロナ2日目 -講師Yuki留学ブログ-

こんにちは。英会話教室リンゲージ銀座有楽町校の講師で留学中のYukiです。

私は現在、言語学を専攻しながら毎年9月~4月でカナダの大学に通っています。まだまだ続きます。
前回の続き、リーディングウィーク中のスペイン旅行、主人公はこの私。
本日はラベリント(迷宮)シリーズ最終回。

【バルセロナ旅行記】
・カタルーニャ家族との出会い
・色んなラベリントLaberinto(迷宮)~カルチャーショック~
・色んなラベリントLaberinto(迷宮)~スペインの両頬のキスのあいさつ~
・色んなラベリントLaberinto(迷宮)~一般家庭での食事~

ラベリントに居た野ブタのラベリント

9歳の少女はとても利口な子で、
食事中も始終じーっと大人たちの話を聞いていました。

時々、大人たちの会話に飽きるとマールのおじさまの膝の上に頭をゆだね、
少女は折りたたむように体を丸めました。
食卓の下の皆の足を眺めて、それに飽きたのか、
おじさまが特に「ちゃんとしなさい」というコメントもしなければ、
「疲れたの?」という言葉さえも掛けず、
至って自然な形で放っておくので、
やはりそれにも飽きてしまうのか、
少女はまた顔を持ち上げて食卓の会話に戻ってくるのです。

パエリヤを美味しく頂き、
コーヒーや紅茶、チョコレートなどで大人たちがいい加減満足しきった後、
近くの公園の迷路(ラビリント)に行けるとわかると、
少女はパアッと笑顔になって飛び上がりました。

私はスペイン語のLaberinto(迷路)を英語のLabyrinthと紐づけて要領を得ることが出来なかったので、
庭園に造られた迷路のことを想像しなかったのです。

マールさえもLaberintoを英語でなんて言うのかが分からず、
お手上げのようでしたので、
Google翻訳がこの食卓で初めて登場したのもこの瞬間でした。

そうして、
マール、おじさん、私、少女は自宅から車で5分ほどの近くの公園の大迷路へ行き、
中庭などをゆっくり散策しました。

スペインのLaberinto(迷路)

どうやらそこは昔、どちら様かのプライベートだった庭園だそうですが、
今はバルセロナの観光地になっています。
植木で区切った大迷路(ラビリント)が有名で、
小さい頃に父と入った観光地での大迷路を思い出したものでした。

庭園を散策している時、
突然野生のブタが現れました。

豚は見慣れないせいかとても可愛かったのですが、
良く見ると巨大ネズミにも見えてくるのです。

のちにそれはイベリコ豚と一緒のものだと教えられたので、
イベリコ豚が道端に居るものなのかと大変驚きました。
イベリコ豚はどんぐりを食べさせられて育ったものを指し、
そうでない豚はイベリコ豚とは呼んでもらえないのだという、
なんとも厳しい現実を目の当たりにし、
その野ブタをぼーっと眺めながら写真に収めました。

9歳の少女は散策中にどんぐりを拾っていました。
「野生の豚にどんぐりをあげるんだ」

そう言って、
ポケットに入りきらないほどのどんぐりを詰めていましたから、
私も綺麗などんぐりがあれば拾って渡してあげました。

イベリコ豚

カタルーニャ人のラベリント

マールの家族は全員カタルーニャ人です。

マールに出会うまではカタルーニャ人とは何かさえ知らなかったのですが、
バルセロナに出て4日目についに理解を遅らすことが出来ない出来事に遭遇するので、
付け焼刃で状況を理解をすることになりました。

それについては直ぐに別の回でお話します。
付け焼き刃でカタルーニャ人とはというのを理解しようとする
私には難しいのは当たり前ですが、
カタルーニャ人はスペイン人とは違うというカタルーニャの強い誇りを持っています。

わたしには、スペインのログローニョというマドリードから300キロ行った街に
フェルナンドという友達がいますが、
フェルナンドは「スペイン人」で、彼は生まれてこの方ログローニョから出て暮らしたことがなく、
その街で学校に行き、その街で就職をしたという話を試しにマールたちにしてみました。

すると、
「ログローニョね。それ典型的なスペイン人」とマールの家族は言うのです。

母や弟やマールは食卓でフフフという、
嘲笑なのか、
軽蔑なのか、
それともただの純粋な微笑みだったのかはよく分からないのですが、
しかし確実に「典型的なスペイン人」と「カタルーニャ人」は違うわよと言っている様子でしたから、
その反応を興味深く観察しました。

この感覚に似たものを自分に置き換えて考えようとしても難しく、
どうやら、
大阪人と東京人を一緒にするな
と言う程この問題は簡単なものとして片付かなさそうなのは明らかでした。
これは人種の違いの問題まで根深いのでした。

典型とは

さて、ひょんなことからマールのお母さんと弟に、
イギリス人の彼スティーブンの話を食卓で話したことがありました。

マールは東京にいた頃に、
スティーブンとは何度も話したことがありましたから、
どんな輩なのかをスペイン語で弟と母に補足していました。

マールが早口のカタルーニャ語で何かごにょごにょと言った後に、
また食卓にはフフという笑顔が漏れて来たのです。
私はポカンとしながら、
顔の表情だけでその場の状況を理解しようとしました。

マールのお母さんは。
「イギリス人とフランス人はスペイン人を下に見てるところあるから」
と、話が繋がるのか繋がらないのか分からないコメントをしました。

なるほど、
こういう時、君たちはカタルーニャ人ではなく「スペイン人」側になるのかと、
やはり置いてきぼりになりながらも、
感情の流れにはしっかり着いて行った自分を確認していました。

私は、カタコトのスペイン語で、
「歴史。はじめ、ポルトガルとスペイン。つぎ、フランスとイギリス。歴史。歴史。」
というと、うんうんと彼らは頷きました。

マールは、「スティーブンは典型的なイギリス人だからさ」と私にいうと、
弟は、「典型的なスペイン人と典型的なイギリス人は気が合わないね」というのです。
母は、フフと笑うのです。

まだまだカタルーニャ人のことを理解していなかった1日目のわたしは、
弟に向かってとんちんかんな質問を投げかけました。
「じゃあ、あなたは典型的なスペイン人なの?」

弟はちょっと笑いながら
「僕?僕はスペイン人じゃないもの」

私はあちらこちらに振り回される感覚を味わいながらも、
典型的なスペイン人
典型的なイギリス人
典型的なカタルーニャ人

何が典型なのか、
どの歴史がその人を「典型」にするのか、
極東孤島の単色民族の1人である私には計り知れない了解をそこに作っているらしかったことを認めました。

カナダに住んで3年以上が経ち、
最近やっとわかって来たカナダのことがありますが、やはりカナダは新しい国です。

そして母国日本は極東の孤島です。

地続きのヨーロッパで生まれ、そこで生きること、
それは複雑という言葉では表せられないほどの糸と糸の絡まりを、
カタルーニャ家族のマールに出会い気付かされたのでした。

カタルーニャ語のラビリント

ラビリント庭園の中で、
時々食べられる小さなフルーツ(味は、、、ラズベリーに似てる)を木からもいで道端で食べました。
9歳の少女は、
「学校にね!このフルーツはね、あるの!!」と私に嬉しそうに話し始めます。

マールがすぐに止めにかかって、
「スペイン語にして?ユキのために」
と少女に忠告しました。

私としては、
(え?今のカタルーニャ語だったの?
ごめん、どうせどっちもわからないから気にしないで?)と思いましたが、
少女のスペイン語の話を黙って聞くことにしたのです。

少女はマールの話をしっかりと理解して、
ニコニコしながら、
「あっ、そっか。ごめんね!」と言って
すかさずスペイン語に切り替え初めからまた話始める準備をしていました。

「学校にね!このフルーツはね、あるの!!」

ああ、確かにわかる、今少女はEscuela って言った。
つまり少女の学校での話なのです。
ということは、カタルーニャ語はスペイン語に似てるようで似てないのです。

本当に語尾の違いの時だけもあれば、
単語自体がごっそり違ったりすることもあり、
カタルーニャ語の「ありがとう」は
フランス語のmerciと一緒
ですから、
文法的にはフランス語に近いのだそうです。

9歳の女の子でさえ、
カタルーニャ人としてカタルーニャ語を話し、
突然スペイン語に切り替えられる
この感覚はどうも理解が難しいものです。

おそらくテレビや本はスペイン語で聞いたり読んだりするのでしょうが、
家族がカタルーニャ語を話すので、
とっさに話し始めてしまう時にはうっかりカタルーニャ語になるのです。

つまりカタルーニャ人がスペインで暮らす限り
生まれた時からバイリンガルは必至ということになります。
仮に生まれた時から日本で英語と日本語のバイリンガルが必至な日が来たとしたら、
(またはお隣の国の言語になるかもしれませんが)
便利で嬉しいと思う人もいるかもしれませんが、
それはつまり、
カタルーニャ人のように自治権がなく他人の国の土地に住まわせてもらって、
その母語に絶対的な力がないということを意味します。

今でこそ英語がビジネスで必要だ、
英語が話せればかっこいいのにと私たちは真面目に悩みますが、
大半の日本で日本語だけを話させてもらえる歴史的過去があったことは、まぎれもない幸福でした。

カタルーニャ人は、
生まれた時からバイリンガルになることが決まっていますが、
それはカタルーニャの歴史の苦痛の叫びなのかもしれません。

以上、「色んなラベリントLaberinto(迷宮)最終回 バルセロナ2日目」
スペイン旅行ネタ!でした。
異文化について分かって面白かった!という方は、
引き続き私のブログを読んでいただけると嬉しいです♪ 
それでは♪カナダから、いえ、スペインからYukiでした!

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この記事を書いた人

yuki

Yuki

2014年に一念発起。ワーキングホリデービザでカナダに渡航。ランゲージスクールにて英語を勉強の後、ファームステイ、留学コーディネーター、現地高校の日本語教師、TESOL(英語教授法)免許を取得し、カナダの大学入学を決心。貯金の為に2016年に帰国。帰国後リンゲージにて勤務開始、2019年現在、カナダの大学2年生で言語学専攻中。
好きなものこと:勉強、カナダ、剣道、お料理、酒とビール
嫌いなこと:食べ物を無駄にしたり捨てたりすること×

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