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マルちゃんことバルセロナ女子“マール”その1 -講師Yuki留学ブログ-

こんにちは。英会話教室リンゲージ銀座有楽町校の講師で留学中のYukiです。

私は現在、言語学を専攻しながら毎年9月~4月でカナダの大学に通っています。
本日は前回にお話したリーディングウィーク中のスペイン旅行と、
バルセロナ女子マールが主人公です。

バルセロナ女子 マール

スペイン1日目。
空港を出ると、そこにマールが待っていてくれました。

マールとは、
私が夏に日本に滞在中に自宅に招いて一緒に3週間生活を共にしたバルセロナ女子なのですが、
正確に言えばカタルーニャ人だそうです。

海外の空港から出て、
誰かが迎えに来ていてくれるなんて、いつぶりだろうと思いました。

21歳の時に1人でニュージーランドまで行って、
そこにニュージーランド在住の智ちゃんが迎えに来ていてくれた以来の甘やかされ具合。
空港を降りて世話をしてもらう安心感は何とも言えないですが、
世話されることに慣れていなさすぎて逆にくすぐったいのです。

空港を出るとマールが、
「おー」とシレッと挨拶して来ました。
あまり感動などの感情は見せてくれませんでしたが、
そっちの方が私も現れやすかったので良かったと思います。

少しマールの紹介をさせて下さい。

マールと私は東京のスペイン語カフェで出会いました。
マールはそのカフェで講師として働きながら、
そのカフェのオーナーが持つ社宅に世話になっているようでした。

カナダから帰国後の5月後半のことでした。

帰国以来、
スペイン語を忘れることを恐れていた私は、
毎週火曜日、
リンゲージで18時まで勤務した後、
その足でスペイン語カフェに向かいました。

そのカフェは19時から入れて、
最長23時までいることが出来ます。
1時間居ようが4時間居ようが1回1900円です。
そのカフェには英会話を練習するテーブルもありますが、
他校なので立場上、宣伝を控えさせていただきます。
(リンゲージのフリートークテーブルは無料で何時間でもいらして頂いて良いんですからね!)

初めてそのカフェに行くと、
スペイン語中級テーブルに、マールと日本人男性1人がそこで世界地図を広げてスペイン語で話していました。

鮮明に覚えているマールとの初対面。

「私のスペイン語。とても悪い」
“Mi español muy mal”
そう言ってマールに出会いました。

マールはキョトンとしながら、
「だから練習するんでしょ?」というような言い方をして、
私をテーブルに招き入れたのを覚えています。

その日、
初めてマールを見た時、
まさに私たちの縁がここまで続くとは思ってもいなかったのです。

綺麗な緑の瞳に、
ブロンド髪には3、4色の違った種類の金色が混ざっています。

腰ぐらいまでの長い髪が綺麗で、
170センチくらいある背丈と、
カーヴィーな身体つきがヨーロピアンの女性らしさを象徴してとても美しいのです。

スペイン語カフェで生徒さんと話す時も上手に5、6人に話を振ることができます。

私はほぼ初級のスペイン語だったので、
中級の生徒さんの中でただ聞き側に回っていると、
マールがいきなり
「yukiはこの件についてどう思う?」と聞いて来たことがありました。

え、聞こえてなかった
なんの話題...?という時でも、
簡単なスペイン語で説明し直そうとしてくれたり、
私に説明をし直すことを別の生徒さんに割り当てて、
他の生徒さんを喋らせながら私にスポットを当ててくれたりと云うような、
日本人的な気遣いのできる先生でした。

何回かそのスペイン語カフェに通ううちに、
私のスペイン語も少し良くなりました。

お節介病が発動?

ある時、驚きの事実を耳にしたのです。

マールがそのカフェで働いている限り、
マールの住むところは保障されていたのだそうですが、
マールはそのカフェで働くのを辞めて、
バルセロナから3週間ほど訪ねてくるお母さんと関西に旅行をしに行くのだそうです。

すると、お母さんがバルセロナに帰り、
マールが関西から東京に帰って来るころには
マールの住む場所はすでに無くなっているのだそう。

私はその状況を理解した時に、
マールを実家に呼び、住まわせてやるのはどうかと思いました。

瞬間的に実家にいる母が反対する顔を想像しましたが、
末っ子の私がお願いすれば割と何でもまかり通って来たという経験から、
今回も何とかしてやる、そう思っていたのです。

それに、始めてカナダに住んだころ、
3ヶ月経った頃にホストファミリーを出て、
住む場所がなくなりユースホステルを渡り歩くホームレス経験のあった私は、
マールにとって私の申し出がどれほど助かるものか分かっていたのです。

お金さえあればきっと住むところなんてどうにでもなることは分かっていましたが、
マールが少量のお金でやりくりしているのは明らかでしたし、
何とかしてやりたいお節介病が出てしまったまでです。

マールからの苦境を聞いたその日が最後、
マールは暫く母親と関西へ出かけて行きました。
6月11日のことでした。
また連絡する、きっと私のうちに住まわせてやれるから、
そう言って関西に行かせました。
その後、3週間、
私は母の顔色を伺いながらも少しずつ部屋の片付けを内緒で実行するのでした。

バルセロナ女子マール 実家に来る

7月1日、しぶしぶの母を説得し切った私は
一階の祖母の部屋だった和室を大掃除し、
彼女を迎えることにしました。

母は前日までブツブツ言っていました。
「私は何もしないから」
「あんたの友達にはノータッチ」
「勝手にして。」

私は国立の小学校に入れられて、
ランドセルよりもまだまだ小さい背中の私は1時間半かけて遠方の小学校に行っていたので、
近所に友達はおらず、
幼少期に友達を自宅へ招き入れたことがありませんでした。


もっとも、近しい友達といえば優しい父か、
ファイナルファンタジーを交代でやらせてくれる兄か、
週3で自宅に来てくれる兄と姉の家庭教師で父のいとこでもある「陽子お姉ちゃん」だけだったので、
私は大人になるのが早かったような気がします。

そういうわけで、
母は私の友達が家に上がることに慣れていませんでした。

この歳になって、
娘が突然インターナショナル気質になってしまい、
カナダからの友達を紹介したり、
イギリスの彼氏が出来たと言い出したり、
スペインの女子と同居するなんていうことに母が面食らっているのは分からなくもありません。

さて、このようにして、
ブツブツ言っていた母を無視してマールを迎える日が来たというわけです。

母の反応はいかに!?

地元の駅まで来られると言ったマールは朝7時、
大阪から帰って来たその足で私の地元までやって来ました。

その日から7月21日迄の約3週間、
一緒に過ごした時間は私の人生で貴重な3週間になったことは言うまでもありません。

なぜならこの出会いが、
後に私をバルセロナまで向かわせることになるのですから。

マールを拾ったのち、
自宅にマールを招き入れると、
母は割と明るめにマールに挨拶をしました。

「わったしはぁ〜、ユキの〜ママどぅえーす!よろしくぅ!!」

何語で話していいか分からなかったのでしょう、
もはや母の日本語は普通ではなくなっていました。

普通にしろよ、と白い目で見ながら、
外面よく明るく接してくれる母を見て安心しました。

リビングルームでマールをもてなしていると、
母は大量の写真を自室から持って来て、
マールに見せ始めました。

その写真は母がバルセロナに行った時の写真だったのです。

そうです、母はこの4月にバルセロナに行ったばかりでした。

あっという間にマールは母の心を掴みました。

あんなにしぶしぶだった母は、
マールに一生懸命スペインでしたことをカタコトの日本語で(もはやカタコトの日本語になっていた)話していました。

仕事のしていない母は、
お世話をする人が出来て楽しそうだったのを覚えています。

マールを「マルちゃん」と呼んで、
甲斐甲斐しく世話をしていました。

美人ですが気の強いマールはとにかく1人で何でも出来ました。

私は2つの仕事をして、夜遅くに帰ることもしばしばでしたから、
マールを家に放っておくこともありました。

母はその度に私にLINEで
「マルちゃん一人でかわいそうだ!心細いに違いない!!」
と怒って来ました。

しかし、
マールは世界中を旅して来たツワモノでもありました。

一人でアフリカの奥地まで行って暮らしたこともありますし、
インドの地方で3週間住んでいたこともあります。
危ない目にあったことも何度もあるようです。

その時点でマールがスペインを出て世界中を旅し始め、
8ヶ月目
になっていました。

マールはとても強いのです。

母や私が世話をできる隙間がないほどの強さを持っているので、
東京の狛江なんていう心から安全な場所は、
もはやマールにとっては鼻くそ同然です。

マールはこうして私と母の間に上手く挟まれ、
ある意味、アフリカ奥地よりも大変な私の家族問題に巻き込まれながら暮らし始めたのです。

以上、スペイン旅行ネタ
「マルちゃんことバルセロナ女子“マール”1」でした。
異文化について分かって面白かった!という方は、
引き続き私のブログを読んでいただけると嬉しいです♪ 
それでは♪
カナダから、いえ、スペインからYukiでした!

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この記事を書いた人

yuki

Yuki

2014年に一念発起。ワーキングホリデービザでカナダに渡航。ランゲージスクールにて英語を勉強の後、ファームステイ、留学コーディネーター、現地高校の日本語教師、TESOL(英語教授法)免許を取得し、カナダの大学入学を決心。貯金の為に2016年に帰国。帰国後リンゲージにて勤務開始、2019年現在、カナダの大学2年生で言語学専攻中。
好きなものこと:勉強、カナダ、剣道、お料理、酒とビール
嫌いなこと:食べ物を無駄にしたり捨てたりすること×

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